なつかしい発毛剤の思い出

父が発毛剤を使っていました。

 

いまからもう30年くらい前のことです。

 

 

 

当時の父は40代半ば、禿げ上がるにはまだ早い年齢で、実際パッと見た目では(特に正面)禿げていることが分からないくらいでした。

 

しかしよく見ると、頭頂部のあたりのボリュームが不自然で、子供だった私には自分より背の高い父の頭のてっぺんを見る機会はなかなかありませんでした。

 

しかしあるとき見てしまったのです。

 

落ちた財布を拾おうとして正面にいるわたしにお辞儀をするようにして自分の頭頂部をさらしてしまった父を。

 

私は父が何となく可哀想になり、なるべく黙っていようと決心したものの、三歳上で思春期真っ盛りのわたしの姉は事ある毎に母やわたしに向かって

 

「おとうさん、ハゲ!ハゲてきてる!わたしも恥ずかしい!!」

 

たぶん、そんなことを言われた父のほうがはるかに恥ずかしかったことだろうと思います。

 

そのうえ姉は、よせばいいのに父本人にまでそういう自分の気持ちをストレートにぶつけていました。

 

 

 

父の心中いかばかりか…と思いますが、それがきっかけなのか、それから我が家の洗面台には見慣れない瓶が一本増えました。

 

それが何なのか父に問いただしても答えをはぐらかすばかりでしたが、あるとき私は自力で答えを発見しました。

 

父が隠し持っている週刊誌を盗み見した際にひときわ目立つ宣伝広告の写真があり、それが私の洗面所においてある瓶とまったく同じだったのです!

 

内容を読み上げると、どうやらこれは「育毛剤」らしい。

 

いや、「髪が生えてくる」といったことが書いてあるから「発毛剤」なのか?

 

なんにせよ、効き目抜群!といった内容で、悩み深い父を説得するには充分と思われる宣伝文句が躍っていました。

 

名前は「101」。

 

 

 

イチマルイチ?

 

変わった名前だなと思いつつ、ついに謎が解けた喜びですっかり興奮してしまった私は、うっかり口を滑らせて姉にはなしてしまったのです。

 

 

 

それからは父の呼び名が変わりました。

 

といっても家庭内のみ、しかも姉だけの限定の呼び名ですが。

 

姉はその日から父のことを「101(イチマルイチ)」とコードネームのように呼び始めたのです。

 

今振り返っても、あれほどひどいことを言う姉もどうかしていたとしか考えられないのですが、そう呼ばれた父はじっと耐え、それでもたまに洗面所のほうで、自分が買った「101」を使っては髪の毛を揉み込んでいるのでした。

 

 

 

その後、結局父の頭は頭頂部が一進一退を繰り返し、十年くらいは粘り続けたものの、気づいたら完全に頭頂部だけが禿げ上がってしまいました。

 

先日父にその当時のことを話したら、笑って答えてくれました。

 

そのなかで、「あの薬(101)はホントに効いたの?」

 

と思い切って聞いてみたら、

 

「うーん、わかんないな!」と答えました。

 

いまなら医学的にはっきりと裏付けのある育毛剤があり、父にしてみれば「生まれるのが早すぎた」のかもしれません。

 

70を過ぎた父でありますが、今年の「父の日」には昔のおわびの気持ちも込めて最新の発毛剤をプレゼントしたいと思っています。

 

おとうさん、ホントにごめんなさい。